展示をしているとどうやって作っているのか尋ねられることがよくあります。そのたびにまったく上手く答えられず、どうしたものかと思ってきました。
実際の版や技法書をお見せしながら話すのですが、もともと言葉が上手くない上に、あまり馴染みのない銅版画を説明するのはとても難しいと感じます。このサイトはそうした時に図や言葉にして伝えられるよう整理したいと思い作り始めました。どなたかの参考になれば幸いです。
技術的なことについては、『版画 進化する技法と表現』(佐川美智子監修 文遊社 2007)、『みみずく・アートシリーズ「銅版画ノート」』(視覚デザイン研究所編 2003)より引用させていただきました。各版種の日本における歴史は、『版画、「あいだ」の美術』(松山龍雄 阿部出版 2017)が詳しく、とても面白いのでおすすめです。
その他、版画に関する書籍は「版画の本と画材屋さん」のページでご紹介しています。
*このページは2024年12月に改訂しました。長く平版と孔版についてかなり曖昧で雑な説明を載せておりましたこと、お詫び申し上げます。
木版画やリノカット、小学校の図工の時間に作った経験がある方も多いと思います。彫刻刀やナイフで版材を削り、削っていない部分(凸部)にインクを乗せ、紙に刷り取る技法です。
凸版の種類
・木版画
・リノカット
・印章
・芋版 など
凸版は、画像として刷りとられる部分が凸状に高く突き出ている版をさします。つまり絵柄や文字以外の部分は削りとり、残った凸部に絵具(インク)を付着させ刷りとります。
ー『版画 進化する技法と表現』(文遊社)
「版」の意味は木の板であり、つまり「版画」とは木版画のことを言います。木版画の歴史は世界的に見てもあまりに古く厚く、語られるべきことがたくさんあるので、ここで私がまとめるなどできませんがすごくすごく簡単に。
これは以下の全版種共通なのですが、版画の始まりは印刷の手法として、何かを広く知らせたり普及させたりするために発明され使われます。東洋では7〜8世紀から始まったと言われる木版画は経典や仏画に用いられ、15世紀初め頃から西洋でも宗教画に使われました。その後日本では「浮世絵」へと発展していきます。北斎や広重といったスター絵師が登場し、後に海外に輸出されると西洋美術に大きな影響を与え、美術品として評価されるようになります。しかし西洋からもたらされた次の印刷技術の登場によって日本国内では急激に衰退してしまいます。大正時代に入ってから「新版画」として復興し、現在も人気のあるジャンルとして続いています。
前述の凸版に対して、刷りとる部分が凹んでいる版を作る方法です。
最も多く使われる版材が銅であるため、凹版自体を「銅版画」と呼んでいることが多いようにお思いますが、実際は鉄や亜鉛、アルミニウムなどを版材として使用している作家もいます。
凹版は、凸版とは逆に、絵や文字部分が凹状、つまり凹んでいる版です。素材は金属が最もよく使われ、その表面を刃物などで彫りこみ…中略…くぼみ(溝)を作ります。そのくぼみにインクを詰めて、圧力をかけてインクを引き出し、支持体に刷りとります。そのため、専用のプレス機が必要です。
ー『版画 進化する技法と表現』(文遊社)
凸版と凹版、彫ったところ削ったところが白くなるか黒くなるかの違いなのですが、削ったところに詰めたインクがどうして紙に写るのか、そもそも「プレス機」というものが何物なのかをお伝えできないと、凹版をイメージしていただくのは難しいのかもしれません。
銅版画は、凹版という形式で銅のプレートに凹みをつくり、その中にインクを詰めて強い圧力をかける。プレートのくぼみに紙がくい込んで、その部分のインクが紙に刷り取られる。刷り上がりはインクのついたところの紙がわずかに突起して、銅版画独特の美しいマチエールとなる。
ー『みみずく・アートシリーズ「銅版画ノート」』(視覚デザイン研究所編)
(プレス機の)構造は、上下二個の頑丈・精密な鉄の円筒(ローラー)が回転して、この間にインクを詰めた銅版と刷り取る紙と、インクを食いこませるフェルト類をのせた鉄板(ベッド)が通過し、円圧による印刷ができるようになっている。
ー『銅版画のテクニック』深澤幸雄(ダヴィッド社)
「食い込む」という言葉が分かりやすいかもと思い引用しました。強い圧をかけるため、厚くて丈夫な紙を使うのですが、その紙は必ず湿らせておきます。柔らかくなった紙が、金属のくぼみ(溝)に食い込んで、インクが紙に刷り取られる様子、少しイメージが伝われば幸いです。
最後に少しだけ歴史について引用させていただきます。
言うまでもなく、銅版画は西洋起源の技法である。まずはビュランという彫刻刀で金属板に彫るエングレーヴィングという技法が、15世紀の半ばにドイツで始まり、アルブレヒト・デューラーの時代に最盛期を迎える。続いて16世紀初頭に、エッチングという酸で描線を腐食する技法が開発され、レンブラントの登場で頂点に達している。さらに17世紀半ばにメゾチント技法が発明され、18世紀にはアクアチント技法などが開発されている。
日本では18世紀末の江戸時代に、オランダの技法書によって司馬江漢が創製するが、以後、世界地図や解剖図などの実用画として作られ、明治時代には紙幣や証券類の印刷術として発達していく。
ー『版画、「あいだ」の美術』松山龍雄(阿部出版)
平版とは石版画のことで、リトグラフとも呼ばれます。リトグラフという言葉は、ギリシア語で「石」を意味する「リトス (lithos)」という言葉から派生したもので、「石版」も「リトグラフ」も全く同じ意味で使うべき用語です。重くて扱いづらい石に代わり、特殊な処理を施した金属板も19世紀前半から用いられてきましたが、その場合でも便宜的に石版(リトグラフ)と呼んでいます。
ー『版画 進化する技法と表現』(文遊社)
18世紀末にドイツのアロイス・ゼネフェルダーが考案し、印刷技術として広まり盛んに使われるようになりました。日本に入ってきたのは幕末、やはり印刷技術として利用されました。作家が作品制作のために使うようになったのは戦後、1950年代半ばからになります。
リトグラフの当初の版材である石が徐々に枯渇すると、亜鉛(ジンク)版やアルミニウム版が使われるようになりました。ただその金属版材も今日では手に入れるのが困難になってきています。現在、版画家たちによって木材を作った「木版リトグラフ」が研究開発され、動画配信や書籍出版もされています。
リトグラフは、石灰石やアルミ版を版材に用いますが、その基本的な原理は、水と油が反発し合う作用にあります。
版材の上に油性の描画材で絵を描くと、描画材がのった部分は油性反応を起こし、油分を引き付ける性質を持ちます。この上から、版面全体に科学的な処理を施し、描画していない部分を水分になじみやすい性質にします。科学処理後、版面全体に水分を与えてから、油性インクのついたローラーを転がすと、インクは描画した部分にだけひきつけられ、描画していない部分は、保たれた水分によってインクを弾きます。これがリトグラフの基本的なしくみです。ー『版画 進化する技法と表現』(文遊社)
「孔」とは「上から下へと突き抜けた穴」の意味です。布や紙にインクが透過する部分としない部分を作り出して版にするもので、現代ではスクリーンプリント(シルクスクリーンとも呼ぶ)という方法が最もポピュラーでしょう。古くから存在する技法としては、型紙を使った合羽版、その欧米ヴァージョンというべきステンシル(フランス語ではポショワール)なども孔版です。一昔前まで ”ガリ版” の通称として親しまれていた謄写版も孔版です。
ー『版画 進化する技法と表現』(文遊社)
シルクスクリーンは、1900年に入ってからイギリスのサムエル・シモンが日本の型染をヒントに考案しました。日本には大正時代に輸入されましたが、本格的に広まるのは戦後になってからでした。後に日本を代表することになるデザイナーたちがポスター制作の手段として使用し全盛を迎えます。ほどなくしてオフセット印刷にとって替わられてしまいますが、現代版画の技法として、芸術家の表現手法としての地位を確立していくことになります。
スクリーンプリントは、テトロン(ポリエステル繊維で織られた紗)を、アルミ等の枠に強く張ったものを版材とします。紗、および紗を張った面はスクリーンといい、かつてはシルク(絹)が用いられていたことから、「シルクスクリーン」という名称でも親しまれています。また、工業的なスクリーン印刷と区別するために、ラテン語で絹を意味するセリカ(Serica)からセリグラフィと呼ばれることもありますが、現在はシルクが用いられることはほとんどなく、スクリーンプリントという呼称で統一されつつあります。
ー『版画 進化する技法と表現』(文遊社)